「 Tre agrable / 西口 明宏 」
西口明宏(ts,ss) Uri Gurvich(as,fl)
Pascal Niggenkemper(b)
Lawrence Fields(p) Nick Falk(ds)
サックス奏者、インプロバイザー西口明宏の第一作となる熱い想いを収録した一枚。
ジャズとは、国境とは、表現とは・・・。全ての固定概念にとらわれない鼓動の叫びが今、動き始める!
DMCD-10 税抜2381円+税
試聴音源
1. Masamune♪
2. Three Musicians♪
3. Improvisation #1 ♪
4. The Murmur of a Brook♪
5. Watercolor♪
6. Improvisation #2♪
7. Improvisation #3 ♪
8. Abstracted Camel♪
9. Tre agrable♪
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ライナーノーツ
西口明宏の演奏を初めて耳にしたのは2003年の夏だっただろうか。
ボストンの老舗ジャズスポット”Wally’s Cafe”のジャムセッションだった。
積極的でパワフルな音に満ちていた。
バークリー音楽院の新入生であった彼から、極めて高い演奏技術、そして何より強い意志を感じたのを思い出す。
僕が日本に帰国するまでの約1年間、僕等は幾度となくこのセッションで顔を合わせた。
その3年後、僕は西口と再会した。2007年、場所はニューヨークだった。
偶然に立ち寄った”Cleopatra’s needle”のジャムセッションでの久々の共演だった。
さらに磨きのかかった西口の演奏に圧倒されつつも不思議な”懐かしさ”を感じた。
セッション後、僕は彼に”懐かしいボストンの響きだった”と伝えた。
単に僕らが最初に出会った頃の事ではない。
僕がおよそ10年間暮らした街ボストン。
この街のジャズには必要不可欠の様々なエッセンス、そして忘れられない顔がある。
バークリーやニュー・イングランド音楽院といった音楽大学が名を連ね、世界中から優れた才能が集まり共に学ぶ環境で、長い年月をかけ確立されてきた緻密で いわばアカデミックな音楽、先に名を挙げたWally’sなどのジャズスポットで若いアーティストが集い互いに切磋琢磨し合う中育まれてきたストレート・ アヘッドで”現場”、”叩き上げ”的な音楽、そしてボストン音楽シーンの重要なアイコンであった”フリンジ(TheFringe)”(ジョージ・ガゾーン、ジョン・ロックウッド、ボブ・ガロッティから成るフリー・インプロヴァイズを基本としたサックストリオ)などに代 表されるavant-gardeな要素をも取り込んだクリエイティブなミュージシャン達。それらの総ては互いに深くかかわりあい一見別々のジャンルのよう でありながら影響し合いこの街独自の音楽シーンを形成していた。
これらは単にスタイルや派閥、といったものではなく僕がボストンで一番影響を受けたある種の精神のようなものの存在だ。実際に西口はバークリー在学時には ガゾーンの生徒であり、その演奏、フレーズの中にそれを伺わせる。しかし僕が感じた”懐かしさ”は西口の奏でる音楽全体から伝わる気配なのだ。多様なシー ンに宿る精神を純粋に謙虚に受け入れ、その歓びを新たな表現力へと転じる。僕自身が”フリンジ”の演奏から感じて来たものに通じる。まさにその”Vibes”を西口の音から感じたのだ。
あれから数年、ニューヨークという恐らく最高にシビアで最高に恵まれた環境でこのアルバムはレコーディングされた。参加している若きトッププレイヤー達を はじめ、世代、国籍を問わず数多くの才能が集う街でまっすぐに自分と音楽、世界を見つめた西口明宏の本作”Tre agrable”からは彼の”今”を垣間見ることができる。
本作のメンバーであるアルトサックスのUri Gurvich,ピアニストLawrence Fields,ベーシストPascal Niggenkemper,そしてドラマーNick Falk。イスラエル、ドイツ、そしてアメリカと異なるバックグラウンドを持ちながら音楽という共通の言語を通じて西口と出会った彼等は、現在ニューヨー クのジャズシーンで高い評価を受ける素晴らしいミュージシャン達だ。西口と共にこのアルバムを創り上げた彼らの、とても一言では語りつくせぬ素晴らしい演 奏にも心を奪われた。
1曲目”Masamune”の随所にちりばめられた東洋、日本的な旋律は彼の日本人としてのアイデンティティーの表れであろう。その圧倒的なテナー・ソロ。まさに脱帽だ。続く”Three Musicians”におけるエキゾチックな情景、それでいて斬新なメロディー。今やワールド・ミュージックとなったジャズを体現している。それにしてもそのアンサンブルの素晴らしさ!聴いているだけで思わず笑いがこみあげてしまう。
参加ミュージシャン達の信頼関係、互いに対するリスペクトの高さはもはや言うまでもないが、3つのトラックに収録されているフリー・インプロビゼーション に至ってはまるでテレパシーの様だ。これらの演奏にこそまさに僕の言う”ボストンの響き”、”Vibes”があるのだ。”フリー・ジャズ”、というジャン ルに留まらないフリー・ジャズ。
本来、ジャズそして音楽はフリー(自由)なのだから。
アルバムタイトルにもなっている”Tre agrable”。
映像が浮かんでくるようなドラマチックで美しいイントロから移り変わってシンプルで優しさに溢れんばかりのメロディー。エスペラント語のタイトルに込められた西口の想いに目頭が熱くなった。ローレンスの宝石のようなピアノ・ソロに続く西口の熱いプレイ。
西口明宏のデビュー作である本作”Tre agrable”。
D-musicaレーベルの記念すべき第10作目となるこのアルバムは決して容易く聴き流せる物ではない。しかし、それは決して”高度で複雑で難しい”音 楽だからではない。例えるのならば、夜空の星を眺めてその美しさを感じるように純粋に、そして本当に”聴くこと”を必要とするだけの事なのだ。音楽が聴き 手に与える最もシンプルで深い感動がここにはある。ほんの一節のメロディー、ふと響くコードにカタルシスを憶える時、僕はその音楽を通して新たな自分を知るのだ。
最後に、同じく”ボストンの響き”に洗礼を受けた僕が初めて書く事となったライナーノーツが西口明宏の”Tre agrable”に宛てたものであった事をとても嬉しく、また誇りに思う。
2010年 夏
古谷 淳
西口明宏 プロフィール
兵庫県生まれ。中学入学と同時にビックバンドジャズに出会いテナーサックスを手にする。立命館大学入学後、同大学や甲南大学のビックバンドに所属。コンサートマスター、ソリストとして活躍。18歳より小曽根啓氏にサックスを師事、京阪神エリアで演奏活動を始める。
2003年にボストンバークリー音楽院より奨学金を獲得。同年単身渡米する。
在学中に学生選抜ビックバンドであるBerklee Concert JazzOrchestraに所属。各地方をツアーし、地元ラジオ局、各地方ジャズフェスティバルに出演、また多数の著名プレイヤーと共演する。2006年にはニューヨークで行われた国際ジャズ教育協会のカンファレンスに同バンドで出席、演奏。好評を得る。在学中はGeorge Garzone(sax), Frank Tiberi(sax)にサックスを師事。Joe Lovano(sax), Hal Crook(Tb)にインプロビゼーション論、アンサンブル学を師事する。また在学中よりボストンの老舗ジャズクラブ、ウォーリーズでの出演をはじめ、数々のコンサート、レコーディングに参加する。
2006年卒業後、Ramiro Olacireguiグループのメンバーとして在エクアドルのアメリカ大使館により招致されツアーを行い好評を博する。同年米国アーティスト・ビザを取得し活動拠点をニューヨークに移し、自己のバンドでの活動を始める。この間に多くのミュージシャンとセッションを重ねると共に、ジャズだけではなく、インディペンデントフィルム、ダンスなどと即興音楽での共演、ミュージカルでの演奏を経験。様々なジャンルのグループに加入し、ラテンから即興音楽まで幅広く活動する。
2009年、たなかりか(vo)”Colors”にサックスプレイヤーとして、2010年 Armored Records よりリリースの Axel-Schwintzer(p)の”Uncommon Sense”や Yayoi(vo)の “Introducing Yayoi”に参加。また現地テレビ局 USN-TVに曲の提供をする他、音楽教室や自宅レッスンでの講師活動も行う。
2010年、活動の拠点を日本に移し様々なバンドでの活動や後進の育成のため精力的な活動を行っている。
Design
北川正 (Kitagawa Design Office)
Art Work
柏原 晋平 (http://www.kashiharashinpei.com)